アナルコ・キャピタリズム研究(仮)

『空気』  

06/03/11 ある有名美少女アイドルが出演するショートムービーを見た。 監督は『世にも奇妙な物語』などで知られる人で、 短時間の中にぎゅっと予測不可能性が詰め込まれたよい作品である。 総務省がわれわれから強制的に奪った金で大手広告代理店から購入し、 欲しいと思わない人にまで提供しているこの映画はネットで無料公開されている。

見てもわかる通り、これは「反」リバタリアンファンタジーである。 だが『空気』と題されたこの作品はいいポイントをつかんでいる。 公共財理論の誤り――民主主義という失敗にも書いているが、個人がよい政治家に投票することは公共財である(正の外部性をもつ)。(「選挙に行こう」と周りに呼びかける人はよく「もしみんなが行かなかったら」 という。だが投票率が下がれば下がるほど一票のもつ力は大きくなるので、この仮定は起こらない。一方、彼の期待通りに投票率が上がると一票の力は小さくなる。 現実には最初に主人公が正しく思っていた通り、個人の一票は何の影響力ももたない。) 選挙に行ってコストに見合ったものを得るのは難しい。 まつりごとを祭り事としてよっぽど楽しめる人でなければ、 貴重な時間を割いて投票所に足を運ぼうとは思わないだろう。

選挙に行くことは空気を汚さないことと同じなのだ。 この民主主義と環境主義の映画に『空気』というタイトルは最高である。 だが民主主義者と環境主義者は現代リバタリアンの2大敵だ。 この映画ではそれらが完全に同一になるケースが描かれている。 投票行動を強いて他人に他の有意義な行為を断念させようする。 この作品の主張あるいは総務省の代弁者である看護婦はまさにファシストに見える。 完全な反リバタリアン映画は普通のリバタリアン映画より愉快である。

選挙には行くべきでない。 政治が大きくなればなるほどこの映画に出てきたようなカオスになる。 政府が出てくれば出てくるほど人は不慮の事故に注意しなくなる。 ぜん息を患う子供のためにきれいな空気が欲しいなら、その徹底したプライベート化 を考えるべきである。

あとわれわれは政府が税金をとることにいつでも反対すべきである。 その人のお金は政府ではなくその人が使うべきだ。 同時にこの美少女アイドルと有能映画監督がもつ希少資源 ――正常なリバタリアンなら耳をふさぎたくなるような内容で リバタリアンを楽しませてくれる――はもっと他のことに配分されるべきである。


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