アナルコ・キャピタリズム研究(仮)

公共財理論の誤り――民主主義という失敗


アナルコ・キャピタリストは実際の議論の上では 普通の人を平均的なリバタリアンにするということに関心はなく、 自称リバタリアンな人や最小国家論者を無政府主義者にすることに関心があります。 そのために彼らは法・裁判所・警察・国防などの「重要な公共財」について議論を集中させることになります。

さてこれら「国家の残りの機能」についての具体論に入る前に、 経済学の教科書でサミュエルソンなどのビッグネームとともに紹介されている 公共財の話が、じつは突っ込みどころ満載なのだということを説明したいと思います。

が、あらゆる問題点を細部にわたってというのは難しいので、 ここではとりあえず最も基本的で根本的な問題を一つだけ指摘しておきます。

一般の教科書の公共財の説明は、合理的な個人の行動から出発し、 ただ乗り問題などを指摘して、市場では最適に供給されないので その解決に政府が・・・みたいに進むのですが、 その致命的な欠陥は「分析の中に政府が入ってない」ということです。

政府をあたかも経済システムの外部にいる全知全能の神のように見て、 その上その分析だけを使って国家を正当化するというのはまったく無茶なことです。

公共財を政府が生産することに伴う問題については、 帰結主義アナルコ・キャピタリストの代表である David D. Friedman が 経済学の入門テキストの中で下のように書いています。

要約すると、政府が公共財を正しく生産するためには、
・それ自体が公共財の性質をもつ選挙における投票行動
・官僚や政治家を含む合理的個人たちによる政治過程あるいは政策過程
・効率的な資源配分メカニズムのデザイン
といった民主主義の要求するめちゃくちゃ高いハードルを全部越えなければならないということです。

David D. Friedman, Price Theory - Ch.18 - Market Failures より

Public Production of Public Goods. One obvious solution to the public-good problem is to have the government produce the good and pay for it out of taxes. This may or may not be an improvement on imperfect private production. The problem is that the mechanism by which we try to make the government act in our interest--voting--itself involves the private production of a public good. As I pointed out earlier in this chapter, when you spend time and energy deciding which candidate best serves the general interest and then voting accordingly, most of the benefit of your expenditure goes to other people. You are producing a public good: a vote for the better candidate. That is a very hard public good to produce privately, since the public is a very large one: the whole population of the country. Hence it is underproduced--very much underproduced. The underproduction of that public good means that people do not find it in their interest to spend much effort deciding who is the best candidate--which in turn means that democracy does not work very well, so we cannot rely on the government to act in our interest.

(訳)公共財問題の一番単純な解決法は、税金を使ってその財を政府に生産してもらうことである。私的な生産では不十分なとき、これはうまく機能するかもしれない。だが本当の問題は、政府を正しく行動させようとするメカニズム、つまり<選挙>自体が公共財の私的生産になっていることなのである。 この章で前に説明したが、人々がよい政治家を選ぶために使う時間とエネルギーは、 利益として返ってきたとしても大部分が他人のところに行く。つまりあなたは「よりよい候補者への投票」という公共財を生産している。だがこの公共財は私的に生産されることがとても難しい。 というのも「公共」の範囲が一国全体に及ぶ極めて広いものだからだ (訳者注:一個人は全体の結果について影響力をもたず、かつ全体は一個人の行動に対して強制力をもたない)。 それゆえこの公共財は極めて過少生産になる。 人々にとって労力を使ってよい政治家を選ぶことは割に合わないのだ。 そしてこれは民主主義があまりうまくいかないこと、したがって政府に正しい行動を期待するのは難しいことを意味する。

If we cannot rely on the government to act in our interest, we cannot rely on it to produce the efficient quantity of public goods. Just as with a government agency regulating a natural monopoly, the administrators controlling the public production of a public good may find that their own private interest, or the political interest of the administration that appointed them, does not lead them to maximize economic welfare.

(訳)政府に正しい行動を期待するのが難しいなら、 政府が公共財を最適レベルで生産するのはまた期待できないことになる。 自然独占を規制する省庁と同じように、公共財の生産を管理する官僚は知っているだろう――私的利益あるいは族議員の利益を最大化することは、社会厚生を最大化することにつながらないことを。

Even if the government wishes to produce the efficient amount of a public good, it faces problems similar to the problems of regulators trying to satisfy the second efficiency condition. In order to decide how much to produce, the government must know how much potential consumers value the good. In an ordinary market, the producer measures the demand curve by offering his product at some price and seeing how many he sells. The producer of a public good cannot do that, since he cannot control who gets the good, so the government must find some indirect way of estimating demand. Individuals who want the public good have an incentive, if asked, to overstate how much they want it--which means that a public opinion poll may produce a very poor estimate of demand.

(訳)たとえ政府が公共財の最適生産をもくろんだとしても、自然独占の規制省庁と同じように新しい問題にぶつかるだろう。政府は生産量を決めるために 消費者の需要曲線を知らなければならない。 市場では生産者がある価格で試しに売ってみることで需要曲線を予想することができる。 しかし公共財の場合は財が排除性をもたないので試しに売ってみることができない。 そこで政府は需要曲線を見積もるために何か間接的な方法を見つけなければならない。 ただ公共財を需要する個人は、自分の需要曲線について誇大に言うインセンティブがあり、需要に関するアンケート調査のようなものはまったくあてにできないのである。

In dealing with the public-good problem, just as in dealing with the closely related problem of natural monopoly, we are faced with a choice among different imperfect ways of solving the problem, some private and some governmental. None of the alternatives can be expected to generate an efficient result. As I pointed out earlier, the fact that something is inefficient means that it could be improved by a bureaucrat-god. That does not necessarily mean that it can be improved by us, since we do not have any bureaucrat-gods available.

(訳)公共財問題の解決は、密接に関連する自然独占の問題と同じように、 いくつかの不完全な方法からの選択になる。 そのあるものは私的な方法で、あるものは政府による方法である。 どの方法も効率的な結果を生み出せない。 前に指摘したように、何かが非効率ということは 官僚神(※)によってそれが改善されうることを意味する。 だがこれは必ずわれわれ自身の手によって改善できるということではない。 官僚神などこの世に存在しないのだから。

※官僚神(a bureaucrat-god)とは David D. Friedman がCh.15から導入したアイデア(キーワード)で、人々の選好と生産関数を知り尽くし、 人々に何でも命令できる慈悲深い神のこと。 その目的はマーシャルの意味で経済厚生を最大化することである。 たとえば関税廃止政策がある人々の犠牲で国民全体を豊かにするなら それはパレート効率ではないが、マーシャルの意味で効率的である。


◆参考サイト

公共財理論批判やアナルコ・キャピタリストの民主主義批判としては

などが短くまとまっていて読みやすいです。

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