アナルコ・キャピタリズム研究(仮)

アナルコ・キャピタリズムとは――21世紀のアナーキズム


「アナルコ・キャピタリズム」。はじめて聞かれる方も多いとおもいます。 日本語では「無政府資本主義」です。アナルコ・キャピタリズムについて 聞かれたことがなくても、「夜警国家」とかあるいは「最小国家論」とかなら 聞かれたことがあるかもしれません。政府の役割は国防・治安・司法だけでいい とする考え方ですね。アナルコ・キャピタリズムはこれをもっと突き詰めて、政府の役割などなくてよい、 政府など存在しなくていいとする考え方です。ただこれだけでは アナーキズム(無政府主義)です。アナルコ・キャピタリズムはこれにキャピタリズム(資本主義)を合体させたものです。資本主義とは簡単にいえば市場主義です。 したがってアナルコ・キャピタリズムとはひとことでいえば「政府などなくてよい、市場さえあればよい」という考え方になります。


◆参考サイト

  • Anarcho-capitalism From Wikipedia, the free encyclopedia
    http://www.wikipedia.org/wiki/Anarcho-capitalism

    "... Anarcho-capitalists promote individual property rights and free markets, as a way to organize all services, including all those that governments claim as their natural monopoly, such as police, justice and the army."

    訳: アナルコ・キャピタリストは<個人の財産権と自由市場>を推進する。 そして<個人の財産権と自由市場>という仕組みによって すべてのサービス --- 政府がその自然独占を主張する警察・司法・軍事まで --- の供給が可能になると考える。

  • Anarcho-Capitalism
    http://www.libertarian.nl/libertarisme/anarcho-capitalism.htm

    "... Anarcho-Capitalism (or market anarchism or rational anarchism) is the face of anarchism in the 21th century."

    訳: アナルコ・キャピタリズム(あるいは市場アナーキズム/合理的アナーキズム)は21世紀のアナーキズムである。

  • What is Market Anarchism? (by Joshua Holmes)
    http://www.anti-state.com/article.php?article_id=414

    "... Market anarchism is, in brief, private property without the state. It is the purest form of libertarian political thought (although some disagree), ..."

    訳: 市場アナーキズムとはつまり 国家なき私有財産制度のことである。 (反論があるかもしれないが)それは リバタリアニズムの最も純粋な形である。

  • How would anarcho-capitalism work? (by Bryan Caplan)
    http://www.gmu.edu/.../bcaplan/anarfaq.htm#part10

    "... Now the anarcho-capitalist essentially turns the minarchist's own logic against him, and asks why the remaining functions of the state could not be turned over to the free market. And so, the anarcho-capitalist imagines that police services could be sold by freely competitive firms; that a court system would emerge to peacefully arbitrate disputes between firms; and that a sensible legal code could be developed through custom, precedent, and contract. ..."

    訳: いまやアナルコ・キャピタリストは ミナーキスト(最小国家論者)のロジックを完全に退ける。 そして逆に問いただす。なぜ(国家の)残りの機能も 自由市場にゆだねないのですかと。 アナルコ・キャピタリストは、 自由競争をする企業が警察サービスを供給し、 新しい裁判システムが企業間のトラブルを円満に解決し、 そして慣習・判例・契約が実用的な法体系をつくり上げていく 世界を思い描いているのだ。

  • The Production of Security--1849 (by David M. Hart)
    http://www.arts.adelaide.edu.au/personal/dhart/...

    "Molinari's most original contribution to political and economic thought is his thesis that the market can provide more cheaply and more efficiently the service of police protection of life, liberty and property. Hitherto, this had been considered to be the monopoly of the state, and it was Molinari's insight that the laws of political economy could and should be applied to the management of state functions. His attempt to apply economic laws to the state led him to conclude that the market could in fact replace the state monopoly of police as well as the provision of roads, lighting, garbage collection, sewerage and education. Molinari argued, in summary, that if the market was more efficient in providing people with shoes or bread then, for exactly the same reasons, it would be better to hand over all monopoly state functions to the market. Thus the argument is tacitly made that "proprietary anarchism" is inherent in the logic of the free market and that consistency requires that one pursue the minimization of state power to its logical conclusion, i.e., no government at all. ..."

    訳: <生命・自由・財産の保護サービスはマーケットによってより安く・より効率的に 供給される>。 この主題の提起こそが Gustave de Molinari の政治・経済思想への最もオリジナルな貢献である。 それまで生命・自由・財産の保護サービスは国家が独占して当然だと考えられてきた。 <経済法則は国家機能の供給にも 適用できるし適用されるべきである> というのが Molinari の洞察であった。 彼は経済法則を国家に適用することを試みた。 そこで彼の出した結論は <警察から道路・街灯の整備、ゴミ回収、下水処理、教育まで、 国家の独占はじっさいマーケットによっておきかえられる> というものだった。 Molinari の議論を要約すると、 <たとえば靴やパンは(国家よりも)マーケットによって効率的に生産される。 それゆえ靴やパンの生産はマーケットにゆだねるのが望ましい。 これとまさに同じ理由で、 国家の独占するあらゆる機能はマーケットにゆだねるのが望ましい> ということである。 そしてこれは暗黙のうちに <「私有財産アナーキズム」が 自由市場の論理の必然の結果であること> そして<「完全無政府」まで国家権力の最小化を追求するのが 自由市場の論理の貫徹であること> を述べているのだ。

  • The Private Production of Defense (by Hans-Hermann Hoppe)
    http://www.mises.org/journals/jls/14_1/14_1_2.pdf

    "Among the most popular and consequential beliefs of our age is the belief in collective security. Nothing less significant than the legitimacy of the modern state rests on this belief.

    I will demonstrate that the idea of collective security is a myth that provides no justification for the modern state, and that all security is and must be private. ..."

    訳:  集団安全保障についての信念は、 現代における最もポピュラーで最も深刻な信念のうちの1つである。 そしてこの信念の上に安住しているもののなかで、 現代国家の正当性ほど重大なものはない。

    わたしは <集団安全保障の概念は神話であり、 現代国家に何の正当性も与えないこと> そして<すべての安全保障は プライベートなものであり、 またそうでなければならないこと> を示そう。

  • Is Government a Mistake? (by Jan Narveson)
    http://bastiat.net/en/Bastiat2001/jan.narveson.html

    "... The classic justification of the state has it that we all hired the state for our protection (to guarantee our right to life and activity). As we have seen, that has not worked too well (some think it has, of course...). But there is an alternative possibility: that each of us would hire whoever he thought would do the best job, given our budgets, to protect him from whatever he thought he needed protecting from. This is the idea that appeals to the anarchist. Instead of one agency for all, there would be an agency for each person who feels the need of an agency for the purpose, strongly enough to do what it takes to create or support it. Such agencies would be formed either as businesses offering their services for a price, or of neighborhood self-help associations, or combinations of those. ..."

    訳: 国家の古典的な正当化は、 われわれは皆自分たちの保護 (生きる権利と活動する権利の保証) のために国家を雇っているというものである。 そしてこれまで見てきたように、 それはあまりうまく機能していない。 (もちろん機能しているという人もいるが)。 だがしかし、われわれには他の選択肢もあるのである。 つまりわれわれは皆、 自分が保護してもらいたいことについて、 自分が最もよく仕事をしてくれるとおもう人を、自分の予算の中で雇うのだ。 これはアナーキストの気に入るアイデアである。 「みんなのためのエージェンシー(代理機関)」ではない 「個人個人のためのエージェンシー」が現れる。 個人個人がその目的のために 必要性を強く感じるほどのエージェンシー。 個人個人がほんとうに代わりにやってもらいたい、 あるいはほんとうにサポートしたいとおもうほどのエージェンシー。 そのようなエージェンシーは、 サービスに対価をとるビジネスとして、 あるいは近所の自助的な組合として、 あるいはその複合体として、形成されるだろう。

  • Anarchism and the Public Goods Issue: Law, Courts, and the Police (by David Osterfeld)
    http://www.mises.org/journals/jls/9_1/9_1_3.pdf

    (要旨)政府は公共財供給のために必要である、という社会科学のコンセンサスは合理的選択理論に基づいているにせよひどい誤りである。「公共財」で最も重要な「セキュリティ=法・裁判所・警察」は「非排除性」のために政府にしか供給できない、というのは勝手な理屈で、それらはすべて自由市場で個人個人に供給されうる。

  • Fallacies of the Public Goods Theory and the Production of Security (by Hans-Hermann Hoppe)
    http://www.mises.org/journals/jls/9_1/9_1_2.pdf

    "By force of logical reasoning, then, one must accept Moliari's conclusion that for the sake of consumers, all goods and services be provided by markets. It is not only false that clearly distinguishable categories of goods exist, which would render special amendments to the general thesis of capitalism's economic superiority necessary; even if they did exist, no special reason could be found why these supposedly special public goods should not also be produced by private enterprises, since they invariably stand in competition with private goods.

    In fact, in spite of all the propaganda from the public goods theorists, the greater efficiency of markets as compared with the state is increasingly realized with respect to more and more of the alleged public goods. Confronted daily with experience, hardly anyone seriously studying these matters could deny that nowadays markets could produce postal services, railroads, electricity, telephone, education, money, roads and so on more effectively than the state, i.e., more to the likimg of consumers. Yet people generally shy away from accepting in one particular sector what logic forces upon them: in the production of security. ..."

    訳: ロジックによって誰でもモリナリの結論を受け入れなければならない。 すなわち消費者のためにすべての商品とサービスは市場で供給されるべきである。 (公共財のように)明らかに区別された財があるというのは間違っているだけでなく、 資本主義の優越性という一般命題にも特別な修正を必要とさせるだろう。 またたとえそのような財があるとしても、これらの「特別な公共財」が私企業によって生産されるべきではないという特別な理由はない。それらは私的財と絶えず競争することになって消費者のためになる。

    実際、理論家たちのあらゆる公共財プロパガンダにもかかわらず、いろんな「公共財」に関して市場のほうが政府よりずっと効率的に生産するというのはますます否定できない現実になっている。 「今日、郵便・鉄道・電気・電話・教育・貨幣・道路・その他について、 市場のほうが政府よりずっとうまく、言い換えればずっと消費者好みのものを生産できる」。公共財問題を真剣に研究している人なら、日々の観察や経験に照らし合わせてまず間違いなくこう言うだろう。 しかしながら(こういう人たちも含めて)人々はある一つの分野についてはロジックを受け入れなかったり、始めから避けたりする。 つまりセキュリティ生産の部門である。

  • Police, Courts, and Laws---On the market (by David D. Friedman, The Machinery of Freedom)
    http://www.daviddfriedman.com/Libertarian/...

    "... Before labelling a society in which different people are under different laws chaotic and unjust, remember that in our society the law under which you are judged depends on the country, state, and even city in which you happen to be. Under the arrangements I am describing, it depends instead on your protective agency and the agency of the person you accuse of a crime or who accuses you of a crime. ..."

    訳: 人々が異なる法律のもとで暮らすような社会などカオスで不公正だ、と決めつける前にぜひ思い出してもらいたいことがある。われわれの社会では人々を裁くための法律は国・州・都市によって異なるのだ。わたしの描写した世界ではそれが 保護会社に変わるだけだ。つまり法廷で争う人たちがそれぞれどの保護会社に加入しているかによって従うだろう法律が異なる。

広告 [PR]  再就職支援 冷え対策 わけあり商品 無料レンタルサーバー